1日1歩

Fortune Tarot

御節介とは読んで字の如く、人の節目節目に介入する事です。御節介は・・・しちゃ駄目ですよね。厳密には人の節目節目に介入して、我がの思う通りに人をコントロールしようとする事です。例えばコーチングは、100%クライアントさん本人の為に行われねばなりません。むしろ、でなければコーチングとは呼べません。第三者の利益の為に人を導くなら、それはコーチングではなく洗脳でしょう。でもコーチングと洗脳は全く違うものの様で、実はそれ等は紙一重なのかもしれませんね。「貴方の為」と、我が子を縛る親も多く居る訳ですからね。

では、教育はどうでしょう。教育とコーチングは、違います。どこが違うかと言えば、さっきも書きましたがコーチングは100%クライアントさん本人の為に施されます。でも教育は、クライアントさん本人の為だけに行われる訳ではありません。教育は、社会全体の為に行われます。勿論、社会全体の中にはクライアントさん本人も含まれる訳ですがね。だからこそ教育とコーチングは対の様なものであり、また切っても切り離せないものなのかもしれません。教育の大事さは、言うまでもありませんよね。教育こそが、明るい未来を作る訳ですよね。

ただ今からの世は、師匠と弟子・教師と生徒がコロコロと入れ替わります。言い換えるなら、我がの目の前に居る人は我がの師なんです。我がの目の前に居る人は、色んな事を我がに教えてくれます。我がの目の前から何も学べない人は、本当に何も学べません。スピリチュアルでも、我がの目の前に移る事は写し鏡とか言われますよね。風の匂いを嗅いだだけで、我がの事も宇宙の事も全て解ってしまう・・・これこそが人の真の姿・・・だそうです(笑)全てが解ってしまう、瞑想の境地。そんな状態に、常にそんな状態に在るという事でもあります。

大きな知識と小さな知識を、私達は学び続けねばならないのでしょうね。それは、とてもとても難しい事ではあります。それこそ、死ぬまで学び続けねばならないでしょう。私達の人生は、完成してないパズルみたいなもんです。でもそのパズルは、1枚のパズルなんです。最後の1枚までキチンとピースを嵌め込まねば、私達の人生は完結しません。だからこそ、私達は死ぬまで学び続けねばならないのでしょうね。でも繰り返しますが、学ぶべき事は常に目の前に現れてます。それ等をキチンと掴めば、1つ1つキチンとゴールへ進めれるでしょうね。

幼い頃からスピリチュアルに興味と関心を持ち、多くの師に仕えつつ学びを深める。 未だ学びの途中ながら、その学びはスピリチュアルの枠を超え多岐に渡った。 その知識や能力をアウトプットする場として、占師という職を選ぶに至る。クライアントの心を励まし、元気が出てくるかの様な占いを得意とする。

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